2014年01月31日

第二章(人に知られることなく)


 ゲン:昔の中国で、文帝という王は随という国を立てた。
    文帝は「人知れず徳をおさめて人民が王の徳をたたえるよ
    うになるのをまつ」と言ったそうだ。私たち仏教の修行者
    はこの心がけを持たなければいけない。
 ジョウ:はい。そうですね。

 ゲン:仏教の修行をしているから、その徳が外見にあらわれるだろ
    うとか、他人から称賛されるだろうなどということは望むべ
    きではない。
 ジョウ:はい。
    ともすると、マスコミ的に有名になり、あるいは収入が増え
    ることをもって、修行の効果が表れたと思うものがいる。
    これはマチガイだ。

 ゲン:そう。
    道心とは、時代をこえ、国をこえて、同じだ。貧乏で、身を
    もって苦労にたえ、余分なものはついやさず、慈悲心があり、
    仏道にかなった行いをすることだ。このような人を仏道修行
    者というのだ。
 ジョウ:はい。

 ゲン:徳が外に現れるとは次の三段階がある。
    第一。
    あの人は仏道修行をしているのだと他人から知られること。
    第二。
    その道をしたってついてくる者が出てくること。
    第三。
    その道をいっしょになって学び、おなじように修行するよう
    になること。

注:
随は文帝(581−604)と煬帝(ようてい。604−18)の二代からなります。文帝は、ばらばらに分かれていた中国を統一ました。

左近コメント:
ビジネスの社会では、いささか、上のゲンのことばと違うように見えます。有言実行がいいといわれます。マスコミ的に有名になることとか、高収入が称賛されます。上のゲンの言葉とビジネスの世界とで、違いがあるとすると、何が違うのでしょうか?



posted by sakonjqs at 06:32| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

第二章(他人の悪口)


 ジョウ:自分に心ができたとして、他人から悪口を言われることは
    つらいです。
 ゲン:そうだね。
    こんな話がある。中国の唐の時代だ。

 ジョウ:は
 ゲン:部下が太宗にたいし、こういった。
    人民どもが陛下の悪口を言っています、と。

 ジョウ:は。悪口ですか。
 ゲン:帝の太宗はこういった。
    私に仁徳があって他人から悪口を言われるならば、問題ない。
    逆に、仁徳がないにもかかわらず褒められるとすると、これ
    は、問題だ。

 ジョウ:はあ。
 ゲン:私たち僧も同じだ。
    慈悲のこころがあり、道心があるが、愚かな人たちから悪口
    を言われたって、気にすることはない。逆に、仏教にかんす
    る道心がないにもかかわらず、尊敬されることはよくよく注
    意しなければいけない。

注:
唐は、高祖(618−26)、太宗(626−49)、高宗(649−84)とつづきます。太宗は二代目です。

左近コメント:
会社につとめている人にとって、この話は、難しいです。自分は自分にあたえられた仕事をしている、しかし、上司から評価されない。こんなことはしょっちゅうあります。
上司・他人から評価されないどころか、「給料どろぼう」とすら、誹謗中傷されることがあります。みなさんはどうしますか? どこまでふんばり、どの時点で会社を辞めますか?


posted by sakonjqs at 07:13| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月29日

第二章(寺の改修)


 ジョウ:栄西禅師はほかにどんなことを言ったのですか?
 ゲン:うん、建仁寺の改修のことがある。

 ジョウ:改修ですか
 ゲン:ある時、弟子の一人がこういう。建仁寺は加茂川の河原に
    近い。洪水で災害にあう危険がある。移転するなり、改修
    するなりしてはどうか、と。
 ジョウ:は
 ゲン:栄西禅師はこう言った。
    私たちは、現在のことに精を出すべきであって、後代のこ
    とまで心配してはいけない。インドの祇園精舎も、現在は
    基礎工事の石だけになっていると聞く。それでいいのだ。
    今、ここで、一年だけであっても、修行を行うことが大事
    だ。

 ジョウ:なるほど、そうですね。
 ゲン:寺を建立することは、一大事業だから、未来永劫、問題な
    いように検討してから着手するべきだが、しかし、栄西禅
    師の言うように、寺という建物に執着してはいけない。

注:
祇園精舎とは、シャカの時代にできた、インドのお寺のこと。寺の正式名称は寺を建立した二人の名前をあわせた長い名前だが、略して、祇園精舎という。現在もその跡地があると聞く。

左近コメント:
会社の社長は立派な社屋(建物)を立てたがります。立派な社屋は、事業の効率が落ち、業績の悪化をまねくことがあります。社屋(建物)と事業は別です。


posted by sakonjqs at 04:31| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする