2014年02月28日

第二章(治世の法(その3))

 ゲン:国家を治めるには、過去のきまりとか、その政策が有効か
    否かを考えて行う。適切な先例がないばあい、自ら、その
    ときの状況を考えて行う。そのため、マチガイを犯すことも
    ある。
 ジョウ:はい。そうですね。
 ゲン:仏教においては、規則とか、教えとか、はっきりしている。
 ジョウ:はい。
    過去からの修行にかんする蓄積もあります。
 ゲン:そう。
    修行者は自ら考える力がある。インドのブッダ以降のさまざま
    の教えが蓄積されている。指導者もいる。したがって、これら
    にのっとって修行すれば、仏道の真理にたどりつけないはず
    がない。
 ジョウ:はい。
 ゲン:国家の政治では天意に合致することが大事だ。私たち僧は
    仏の意図に合うことが大事だ。しっかり修行し、その真理に
    たどりつけるかどうかは修行者の心構えにかかっている。

注:
なし

左近コメント:
過去の蓄積(=経典)を読み、良い指導者につき、修行することによって仏教の真理を知ることができると言います。こんなふうに経営にも真理があるのでしょうか・・・・。(in 中国)


posted by sakonjqs at 06:37| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

第二章(治世の法(その2))  

 ジョウ:前回の続きです。
     国王は思慮をめぐらして政治を行うわけですが、そのさい、従
     来のきまりをかんがえ、しっかりした臣下をさがして採用し、政
     治を行うのですね。
 ゲン:そう。政治が天意に合致する場合、世の中は治まる。これを
    怠れば天にはむき世がみだれ庶民は苦しむ。だから、公家、
    大名、侍、庶民、皆それぞれ自分が果たすべき役割がある。
    人たるもの、この役割にしたがわなければいけない。

 ジョウ:仏教を学ぶものはどうするべきですか?
 ゲン:僧になるということは、生まれた家を出て、世を離れることだ。
    自由になる。だからといって気まま勝手というわけではない。
    たしかに最初のうちは気楽な気持ちになるが、そんな気まま
    勝手をしていると後で害がでる。
 ジョウ:はい。
 ゲン:出家したものは作法にしたがって修行し、僧の仕事を身に
    つけなければいけない。

注:
原文の「諸の公卿大夫士庶民」を、ここでは公家、大名、侍、庶民と訳しました。

左近コメント:
会社において、社長は社長の役割をはたし、部長は部長の役割を果たさなければいけません。ときに専務取締役が社長の役割をはたすという話を聞くことがあります。ダメです。組織はぎくしゃくします。
posted by sakonjqs at 06:59| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月26日

第二章(治世の法(その1))

 ジョウ:これまでのゲンの話は「自分で考えろ。周りにこだわるな」
     というものであったように受け止めます。それでは、規則とか、
     規律とか、あるいは過去の慣習は必要ないのですか?
 ゲン:いやいや、必要だ。
    まず、国家の運営、すなわち、政治の話をしよう。
 ジョウ:はい。

 ゲン:上は天皇から下は庶民にいたるまで、役目にあるものが
    その役目を果たすことによって、社会は成り立つ。
 ジョウ:はい。
 ゲン:しかるべき地位の人でないにもかかわらず違った地位の仕
    事をすることを世の中が乱れるという。
 ジョウ:はい。
 ゲン:政治が天意にかなうとき、社会はすみやすくなるし、庶民は
    安らかに過ごすことができる。
 ジョウ:そうですね。
 ゲン:だから、天皇は午前1時には起きて、政務をとる。天皇とて楽
    ではない。庶民と役目が違うだけだ。
 ジョウ:そうですか。
 ゲン:私たち僧だって、仕事が違うだけだ、僧の仕事として修行が
    ある。
 ジョウ:はい。

注:
この文章は西暦1200年ころに書かれました。源頼朝が鎌倉に幕府を開いた(1192年)とはいえ、形式上、政治のトップは天皇でした。

左近コメント:
孔子は「70歳にして矩(のり=規則)を超えず」と言いました。孔子は、ようやく70歳にして、規則に従うことができたと言います。これくらい、自分の志と規則とを両立させることは難しいです。 (in 中国)
posted by sakonjqs at 06:43| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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