2014年05月31日

第5章(善行・悪行(1))


ジョウ:人の心は、結局、回りの人の言葉に影響されるのではない
   でしょうか。
ゲン:私もそう思う。
   インドから伝わった経典にこんな話がある。「本来、宝石な
   ど持てるはずのない愚かで貧乏な者が高価な宝石を手にして
   いた。回りの者は『お前が宝石を持っている。おかしいでは
   ないか』と非難した。その男は、けっして盗んだものではな
   いが、他人が『おかしい』と批判するので、悩んだ末、その
   宝石をいったん捨てた。後で、そっと拾い、他人の見えない
   ところに隠そうと思った。しかし、どこに捨てたのか、探す
   ことができず、結局、宝石をなくした」と。
ジョウ:おもしろい話ですね。
ゲン:人の心はこんなものだ。自分はこれが良いと思っても、他人
   が批判するため、その他人の言葉に従ってしまう。逆に、悪
   いことを考えていたが、他人の批判にあい、悪事をすること
   ができなくなり、善行に向かうこともある。
ジョウ:はい。
ゲン:したがって、もともと悪人であっても、善人に従えば、自然
   と善行をするように変わる。逆に、悪人に近づくと、はじめ
   は自分で『ダメ』と思って自分の心を制御するが、やがて悪
   行をするようになってしまう。

左近コメント:
他人に影響されない、しっかりした考えを持つにはどうしたらいいのでしょうか・・・?
一つの例です。トマス・モア著「ユートピア」を読むたびに、本の内容だけでなく、トマス・モアの偉大さを感じます。彼は裁判官です。国王の異教徒との結婚は当時の法律では許されないとの立場を貫き、刑務所に幽閉され、最終的に、首つりの刑に処されます。一人の知人が刑務所に来て、「国王に謝れば許される」と忠言します。彼は拒否します。このような堅固な心はどうしたらできるのでしょうか。





posted by sakonjqs at 04:45| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

第5章(善縁)


ゲン:人の心は、善だろうか、それとも悪だろうか?
ジョウ:人の心は、このとき、その人が置かれた環境によって変
   わると思います。
ゲン:そうだろうね。もともと人の心が善であるとか、悪である
   とか、確定的ではない。例えば、仏教の修行をしようと決
   心して山林に入るときは「山林の生活は良い。俗世間の生
   活は悪い」と思う。しかし、修行にあきて、山林を逃げ出
   すとき、「山林の生活は悪い」と思う。
ジョウ:はい。
ゲン:人間の心が確定していないからこのように違った考えにな
   る。
ジョウ:人が置かれた条件によって違った判断をするのですから、
   その条件を変える、または選択することが大事です。
ゲン:善縁に近づけば心は善くなる。悪縁に近づけば悪くなる。自
   分で自分の心が悪いなどと思ってはいけない。ただ善縁に従
   うべきだ。

左近コメント:
若者が、捕まった後、警察に「殺す相手はだれでもよかった」と言って、何の関係もない人に傷害を与える事件がおきます。テレビなどの報じる範囲では、その若者の置かれた状況が悪いです。人間関係が築けなくて失職に追い込まれる場合が多いように思います。



posted by sakonjqs at 05:38| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月29日

第5章(師の言葉)


ジョウ:仏教を修行するにあたり、何人か、「先生のいうことは自
   分にあてはまらない」といいます。このような発言があるこ
   とは教える側でも反省するべきことがあるのでしょうか?
ゲン:それは、私、間違っていると思う。そういう人の心のうちは
   分からないが、次のように推察される。
   仏教の道理を聞いて、自分の理解と違うと思うのだろうか?
   もしそうであれば、そもそも理解が足りない。
   先生の教えることが自分には実行できないいと思うのであろ
   うか? もしそうであれば、なぜ先生について学ぶのか?
   あるいは世間的な常識から外れているというのだろか? 
   もしそうであれば、その常識は真理だろうか?
ジョウ:先生の言うことを聞き、実行する素直さが必要ですね。
ゲン:私の経験を述べよう。
   私の修行中の萌輩のことだ。自分の考えに固執していた。自
   分に合う考えを取り入れた。合わない考えを拒否した。彼は
   「先生のいうことは自分の考えと違う」と言っていた。自分
   の考えから脱却できなかった。一生涯、仏教の真理を知るこ
   となく過ごした。それを見て、私は「仏教を学ぶには、こん
   な態度ではダメだ」と思った。そして、先生の言葉に従い、
   道理に従って論理を立てた。
ジョウ:頑固な人がいたのですか。
ゲン:そんな修行のある日、一つの経に次のように書かれているこ
   とを発見した。「仏法を学ぶには、過去・現在・未来と同じ
   考えにとらわれてはいけない」と。それでわかった。一つの
   考えを、過去・現在・未来と、新しくしていくのだ。
ジョウ:難しいことですが、確かに、そのとおりです。
ゲン:儒家の書物に「忠言逆耳」と書いてある。これは、自分に有
   益な言葉は自分の耳に心地よいものではない、しかし、それ
   にムリにでも従うと、やがて役に立つ、という意味だ。

左近コメント:
ある経営者は「変えてはいけないものと変えなければいけないものがある」と言います。経営理念は変えてはいけないものです。商品・製品は、時代に合わせて、変えなければいけません。私の会社の場合、次のように考えています。「活動のクオリティ(質)を向上するための支援をする」は変えてはいけないが、支援の内容・方法などは変えなければいけない、と。


posted by sakonjqs at 05:26| 正法眼蔵随聞記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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