2015年11月30日

西行(3)

西行(3)であるが、その前にあなたに語りたい。あなたは青年であり壮年であるだろう。あなたのまわりにいる老人ってどうだろうか? 活き活きと生きているだろうか?

多くの老人は無表情にテレビを見ている。これら老人の現在の姿は若いころの結果ではないだろうか・・・。

朝、会社へ行き、与えられた仕事をして、夕方(深夜?)帰る。与えられた仕事を無事にこなしたから定年を迎えることができた。部長とか、専務とかに出世した人もいただろう。彼らは「若いころは楽しかった・・・」という。今のあなたが楽しいのと同じである。今のあなたが老人になると、無表情な現在の老人と同じになる。
私の知人には資格「中小企業診断士」を持っていた人がいる。定年退職したあと、これまでの知識・経験を生かして中小企業の支援をしたらいいだろうと思うが、多くの中小企業診断士はしない。「もう資格は必要ない。資格は返上する」という。なぜだろうか?
老人は息子・娘とわかれ介護施設に入りあるいは自宅に閉じこもる。社会に働きかける人はいなくなる。政府は「中高年齢が増えて福祉費用がかさむ」と厄介者扱いをする。あなたもやがて老人になる・・・。

西行は生涯にわたって和歌を作り死に向かっていった。西行は力強く人生を行き、死んだ。なぜそんなことができたのか? 哲学であると思う。

posted by sakonjqs at 20:28| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西行(2)

 そのきさらぎの:
   そのには特段の意味はない。
   きさらぎ(如月)は太陽暦で3月〜4月のこと。
   西行の研究家はブッダの入滅の日(旧暦2月15日)を
   意識していただろうという。
   そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 もちづきのころ:
   満月の夜。
   実は「夜」であるとは言っていない。しかし、私は
   満月の夜、桜の花びらが散っている、その瞬間に死ぬ
   ことを願ったように思う。

さて、西行はどのような死を考えていたであろうか?
現代の言葉でいえば、孤独死、老衰、であると思う。誰からもみとられることなく、一般の動物が死んで行くようにこの世から姿を消すことを考えていた。
二つの理由がある。
理由1:
西行は29歳で出家した。妻・娘など家族とは頻繁な交流があったようだが、しかし、世俗的な安楽は捨てた。一人で静かに死ぬことは受け入れたであろう。

posted by sakonjqs at 06:32| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

西行(1)

西行は次のように詠んだ。
  ねがはくは はなのもとにて はるしなむ
       そのきさらぎの もちづきのころ

私は次のように理解する。
  願うことができるのであれば、春、桜の花のしたで死にたい。
       春の中でも如月であって、満月のときがいい。

知識の多い・少ないは関係ない。ここでは上記を味会うことのできる範囲で解釈をする。
 ねがはくは:
   誰に願うのか? 仏様であろう。
   彼の名前「西行」は、西の方角に浄土があるというので、
   その西へ行くという意味で自分の名前にした。彼は仏教徒である。
   仏様に願うのは自然である。
 はなのもとにて:
   はなとは桜の花であると思う。直感的に桜であると思った。
   あえて理由を言うと次のとおりである。
   如月(旧暦の2月。太陽暦では3月下旬〜4月上旬に該当する
   という)に死ぬのだか桜の花であると思う。
 しなむ:
   この「死なむ」は野垂れ死にする意味である。けっして立派な
   邸宅で家族に囲まれて死ぬ意味ではない。

posted by sakonjqs at 21:02| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする