2016年01月23日

変革(6)

工夫にはさまざまな規模がある。
たとえば、ニュートンの発見した法則。それまでまずしい農村であったヨーロッパを、技術によって豊かな地域に変え、社会制度を変革するきっかけをつくった。大きな工夫であった。
たとえば、ヘンリー・フォードの考え出した生産方法。それまで教育レベルの低いものの集まりであったアメリカで自動車を作り、世界で最も豊かな国にし、さらに文化的に世界をリードするきっかけを作った。中規模の工夫であった。
これらにくらべて前の回に例として出した算数の例は小さな工夫であろう。しかし、算数の好きな子供をおおく生み出し、やがて社会を変える。本質において違いはない。

工夫のなかには「悪」がある。「悪」も共存して社会は進む。物質的に豊かになる。精神的に多様性を認め合うようになる。
やがて、好きな仕事・得意な仕事を好きな時間おこなうようになるだろう。それで十分生活することができるのだから。一人ひとりがそれぞれの立場を認め合うようになるだろう。個々人の違いなど何の本質的差異もないのだから。それがユートピアである。

これまで多くの人に読んでいただいた。感謝を申し上げる。これで「哲学物語」を終わりにする。




posted by sakonjqs at 07:05| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月22日

変革(5)

例をあげて説明する。

学校の先生である。教えることが好きで先生になったものは教え方を工夫する。生徒の理解の仕方に応じて教える。その結果、生徒はよりよく理解する。逆に教えることの好きでないヒトの場合、過去の人がつくった教え方に従って教える。生徒はその授業を面白いと思わない。その教科の理解が進まない。
算数を例にする。計算「6+8」を考えよう。その計算には下記を含むいろいろな手順がある。
  手順1:
    6+8
   =(5+1)+(5+3)
   =5+5+1+3
   =10+4
   =14
  手順2:
    6+8
   =6+(4+4)
   =6+4+4
   =10+4
   =14
算数はいろいろな解き方がある。生徒は大勢いる。それら一人ひとりの生徒が理解できる方法で教える。だから生徒は算数が楽しい。
教え方の工夫はあたらしい教え方を社会に提供したのである。新しい教え方を工夫した人は社会を豊かにした。そして社会を変革したといえるのではないだろうか。


posted by sakonjqs at 05:27| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

変革(4)

私たちはヒトとして生まれる。料理した食べ物を食べ、雨風を避けた家屋に住み、寒さをしのぐ衣服を着る。さらに学校で文字、理科、音楽などを学ぶ。ある程度の年齢にたっすると自ら生活の糧を稼ぐことになるが、多くの場合、就職に関する制度も出来ているし、就職したあとの「仕事」もほぼ形が出来上がっている。これらはすべて過去の人たちが作り上げた。私たちは過去の人たちが作り上げた環境で人生をスタートさせる。

過去の人たちが作り上げた環境のなかで人生を送ることも不可能ではない。受験、就職、恋愛など競争はある。しかし、そこそこ乗り越える能力が、生まれつき、または学習で、与えられる。

さて、あるヒトが自分の好きなこと・得意なことを始める。好きなこと・得意なことを始めると工夫をするようになる。工夫をして過去にない新しいものを作る。ここでものとは必ずしも物に限定されない。サービスであることもあり、社会制度であり、芸術である。これら工夫して作り上げたものは過去にないものである。その人は新しいものを社会に提供した。すなわち社会を豊かにした。


posted by sakonjqs at 06:06| 哲学物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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